たまにわけのわからん暗〜〜〜い客が来る。 私が音楽も鳴らさずに、営業しているところへ、 そぉ〜〜〜〜っと、ドアを開けて入ってくる。 完全に気配がないと言うか、生気がないと言ったほうがいいかもしれない。 こっちが何か用事をしているときなどは、びっくり仰天してしまう。 いつ入ってきたのかも解からず、いつの間にかレコード棚を音も立てずに 覗き込む。 ”いらっしゃい”の言葉をかけそびれ、じっと見ていると、 完全に自分の世界に入っている。 目は一点凝視、レコードをゆっくり音も立てずパラパラとめくっている。 この”パラパラ”の擬音は実際出ていないのだが。 ”あ〜〜〜こわ”と思ってみていると、ふっと猫が30匹ぐらい乗っている猫背を むくっと起き上がらせ、こちらを見た。 目があった瞬間に”すいません”とこれまたお化け屋敷の幽霊が発するような声で 話しかけてきた。 私もふと我に返り、”あっそや、ここは店やったんや。営業営業。” と言い聞かせ、精一杯の笑顔で(多分ひきつっていたと思うが) ”なんでしょうか?” と聞き返すと、よくある質問なのだが、 ”レコードの中身が見たいのですが。” と言ってきたので、 ”ご自由に、中を開けてご覧ください” と言うと、 またまたそぉ〜〜〜っと袋をあけ、中身を見ているのだが、 どうも普通の見かたではないのである。 普通だと盤を取り出し、盤質の程度を見たり、ジャケットの状態を確認したりするのだが、 この人はなめるように全体を見つめている。もちろん無言で。 すると妙な安堵感らしい顔つきになり、うん、うん、とうなずいている。 はい、理解不能。 と心の中で叫び、これはほっておこう、さわらぬ神にたたりなしだ。 と思ったが、相手は非情にも、また話しかけてきた。 ”買い付けはどちらに行かれてるんですか” と質問してきた。 こちらも会話の中で、よくで出くるので、即座に ”アメリカが主ですね” と答えると、 またもや恐ろしい笑顔になり、 ”やっぱりそうか〜〜”(0.7デシベル程度) (これは息を吸いながら言ってた!) と独り言のようにつぶやき、 ”いいですね〜〜アメリカ。” とまた一言。 私は、 ”日本で、買取などもやってるのですが、なかなかみんな手放さないので、 集めるにはやっぱりアメリカ買い付けじゃないと集まらないんです。” とごく普通に受け答えしてしまった。 すると突然大きな声になり、一言。(119デシベル程度) ”ここは アメリカの匂いがする!!!”(声色は相変わらず幽霊) とおっしゃいました。 私も長年この店にいてるので、においが麻痺しているのかなと思い、 深呼吸を何回もしてみたが、昼に食った焼きそばUFOの臭いしかしてこない。 また沈黙になるのも嫌やし、愛想でも一応答えなあかんなと思い、 ”そうですか。アメリカの匂いがね〜〜。僕はずっとここにいるんで、 麻痺してるのかもしれませんね〜。ところで、アメリカにはいつ行かれたんですか? もしやずっと住んではったんですか?” と質問をしてみると、な、なんと、 ”いえ、アメリカには行ったことが無いけどこんな匂いがするのだろな〜〜と思って。”(98デシベル程度) はい。完全理解不能。 ここで話は途切れて、また静か〜〜〜に、”ありがとう”(28デシベル程度)と言って帰っていった。 そこで先ほど検盤と言うか、なめるように見ていたレコードを見に行ってみると? なんと日本盤のマディウォーターズのLPだった。 しかも嗅いでみると、ヒロパラエース(衣服用虫除け)の臭い。 先入観というのは恐ろしい。この人はあれから二度と来ない。 本当にこの世の人だったか、今も謎である。